むかしむかし、マリモちゃんは湖の底に住んでいました。
月光が輝くある夏の夜、マリモちゃんが目を覚ますと全身を覆っていた緑のフサフサが無くなっていました。
「あら、なんという事!」
マリモちゃんは、まるで皮のむけたブドウのようになっていました。
他の仲間はマリモちゃんの姿を見て言いました。
「君はもうマリモの仲間じゃない!ここから出ていけ!」
このようにしてマリモちゃんは湖を出る事になったのです。
湖から陸に上がると、緑のフサフサがないので風が直接マリモちゃんの体にあたりました。
少し寒かったのですが、外の空気はとても気持ちよく感じました。
マリモちゃんは初めて空気を吸ったので、とても幸せな気分になりました。
どこかに喜びを分かち合える友達は居ないかと、あたりを見ましたが誰もいません。
そこでマリモちゃんは旅に出る事にしました。
途中、凍えてはいけないので、陸に生えているコケを体に巻きました。
マリモちゃんは振り返ると、かつての仲間達が緑のフサフサに包まれ湖の底で平和そうに
ユラユラしているのが見えました。
「でも、湖のマリモ達は私のように陸の気持ちよさや空気の美味しさを知らないんだわ!」
そう考えるとマリモちゃんは元気になりました。
朝になりました。
強い日光がマリモちゃんに照りつけます。
太陽を初めて見るマリモちゃんは太陽の暖かさに感動しましたが、
太陽が真上に照りつける頃には体が焼けるような暑さになっていました。
「ああ。このままでは干上がってしまうわ」
マリモちゃんは周りの植物や虫達に頭を下げて水を分けてもらいました。
とても情けない気持ちでしたが、分けてもらった水を飲むとその美味しさに驚きました。
湖に住んでいた頃は水に味があるなんて思わなかったのです。
マリモちゃんは何日も何日も歩き続けましたが、同じような仲間には会う事が出来ません。
夜になると、寒くなるのでマリモちゃんはブルブル震えながら夜を過ごします。
マリモちゃんは寒さと寂しさで湖が恋しくなりました。
「湖の神様!どうして私だけ、このような目に遭うのですか?」
マリモちゃんが寒さに震えながら言うと、そこへ湖の神様が現れました。
「安心したまえ。北へ北へ向かうと君と同じ仲間が大勢いる」
と湖の神様は言いました。
「ええ、北へ向かいます!でもこのままでは凍え死んでしまいます!」
「君には色々と苦労をかけてしまった。だから君には火を起こす魔法を授けよう」
マリモちゃんは火を起こす魔法を授けられました。
「湖の神様、ありがとうございます。これで凍え死ぬ事はないでしょう。
でも教えてください!私はどうして湖から出なければいけなかったのですか?」
「それは北へ向かうと分かるだろう」
マリモちゃんは勇気を振り絞り、北へ北へと歩き続けました。
マリモちゃんが北の大地に着くと、湖の神様が言うとおり、そこには大勢の仲間が居ました。
そこでは緑のフサフサがなくなった大勢のマリモ達が寒さに震えながら凄していたのです。
マリモちゃんは、魔法で火を起こし寒さで震えるマリモ達を驚かせました。
「見ろ!あのマリモは空中で火を起こしたぞ!」
「魔法使いだ!」
「いや、我々の救世主だ!」
「彼女は我々の女王様だ!」
マリモちゃんは女王としてマリモ達に迎えられ、そこで暮らす事になりました。
そして何年も過ぎました。
女王の火のおかげで、マリモ達の暮らしは良くなり、幸せな日々が続きました。
マリモ達は子供を作り、マリモの数は増えていきました。
やがて、そこにマリモの町ができました。
町は何年もすると国になり、国の中心には女王の為の立派な宮殿が建てられました。
女王になったマリモちゃんは大きな祭壇を作り、湖の神様へ感謝しました。
でもあの日以来、湖の神様は女王の前には現れません。
マリモの国は平和に発展を続け、さらに何年も過ぎていきました。
女王の火と体に巻き付けているコケのおかげで、マリモ達は凍える事はなくなったのですが、
もっと暖かくなる為に、マリモ達がお互いにくっつく事がはやり始めました。
マリモの表面はツルツルなので、とてもくっつきやすいのです。
マリモはお互いくっつくと離れなくなり、一回り大きなマリモになるのです。
このようにして、どんどんとくっついて、どんどんと大きくなったマリモが増えていきました。
長年平和に暮らしていたマリモ達でしたが、大きくなったマリモは力も強く、ついでに気も大きかった。
大きくなったマリモ達は、次第に互いに争うようになりました。
女王が宮殿からマリモの町を見ると巨大化したマリモ達が争っているのが見えました。
マリモ達の争いが収まる気配はなく、女王は困り果てました。
そこへ湖の神様が現れました。
「女王陛下、お困りのようですな」
「ああ、湖の神様!あなたは私が困った時にだけ現れるのですね!
見てください!みんなの為に火を起こし平和な国を作ったと思ったのに、この有様です!
私はどうすればいいのですか?」
湖の神様は町を指差しながら女王に言いました。
「あそこに居る若者が見えるかね?」
女王は湖の神様が指差す所を見ると、みんなとくっつく事無く一人でいる若いマリモが居ました。
「あの若者は、昔の君じゃよ」
そのように言うと湖の神様は消えてしまいました。
そうして、ある日クーデターが起きました。
巨大化したマリモ達は女王の宮殿を壊しながらやってきたのです。
「もう女王の火は時代遅れだ!大きくなった我々は十分に暖かい。もう女王の火は必要ない!」
「大きくなったマリモに政権を譲りたまえ!」
巨大化したマリモに小さなマリモが敵うはずもありません。
女王の兵士達はたちまち巨大マリモに滅ぼされてしまいました。
女王は捉えられ、牢獄に入れられました。
牢獄の中で、女王が湖の神様に祈りを捧げていると、ガチャリと音がして
牢獄にあの若者が入ってきました。
「女王様、ここから出してあげます。ここから逃げましょう!」
女王と若いマリモは二人で平野を歩きます。
「女王様、急いでください!もうすぐ追っ手がやってきます!」
しかし、すっかり歳も取り牢獄で病気にかかってしまった女王はもう走る事が出来ません。
「若者よ。あなたは、どうして私を助けようと思ったのですか?」
「女王様、僕は昨夜夢をみたのです」
「それは、どのような夢ですか?」
「夢の中で僕は湖の中に住んでいました。湖の中はそれはそれは懐かしい
気持ちでした。出来れば、いつまでも湖の中に留まりたいと思いました。
・・・しかし、そのままでは僕は外の世界の事を知る事ができません。
僕は緑の衣を脱ぎ捨て、湖から出て陸へと上がったのです。
その夢で僕は分かったのです。僕はみんなとくっついてはいけない、と。
だから僕は女王様を助けようと思ったのです」
二人は何日も歩き続けやがて、素晴らしい眺めの湖が見えました。
「ここが私の故郷よ。若者よ、私はもう満足です。
自分の国を作る事が出来たし、死ぬ前に故郷を見る事もできたわ。
湖を出る事がなければ、私はこんな経験をする事もなかったでしょう!
湖の神へ感謝しますわ」
「女王様、あの湖へ帰りたいですか?」
「いいえ。私は今、何故緑の衣を脱ぎ捨てたかを理解しました。
・・・それは、『大いなるマリモと』一緒になる為なのよ」
「その『大いなるマリモ』はいったいどこに?」
「この大地が『大いなるマリモ』よ。あなたは行って自分の国を作りなさい。
私は『大いなるマリモ』とひとつとなる時が来ました」
そのように言うと、マリモちゃんは静かに息をひきとりました。
若者は死んでしまった女王を湖が見渡せる丘に埋めました。
いや女王はきっと死んではいないのでしょう。
女王は『大いなるマリモ』と永遠にひとつになったのです。
空には満天の星空が輝いていました。
若者には、ふとその星空が湖の底から見る泡のように見えました。
いつの日か若者も上へ上へと昇り、『大いなるマリモ』を見る事が出来るような気がしました。
『大いなるマリモ』はきっと美しい緑色で輝いているに違いありません。
おしまい