正義の味方
4歳の頃、双子の弟は兄にこう言った。
「僕、大きくなったら正義の味方になるんだ」
レゴブロックで遊んでいた兄は手を止め弟に聞いた。
「どうしてだい?」
「だって、かっこいいんだもん。テレビに出てくる正義の味方はみんなかっこいいだろ?」
「じゃあ、僕も大きくなったら正義の味方になろうかな」
「お兄ちゃん、それはダメだよ。正義の味方は一人しかいないんだから」
そのように言われ、兄はしばらく考え込みこう言った。
「分かったよ。正義の味方はキミに譲るよ。僕は大きくなったら悪者になるよ」
「ありがとう。でもどうしてお兄ちゃんは悪者になるんだい?」
「バカだなあ。だって、悪者が居なきゃ正義の味方が活躍できないじゃないか。それはクリープだけのコーヒーみたいなもんだよ」
「クリープだけのコーヒー?」
「今思いついたんだよ。この世に正義しかなかったら誰もそれを正義だと思わないだろ?」
「お兄ちゃんは頭が良いんだね!」
「それはそうさ、だって悪人の方が悪知恵が働くもんなんだよ」
と兄は悪人ような表情をしながら弟に言った。
弟思いの兄は弟に約束した。
「僕はキミの為に悪人になるよ」
「お兄ちゃん、ありがとう!僕はきっと正義の味方になるよ!」
次の年、双子の兄弟が5歳になる頃、二人の両親が交通事故で亡くなった。
二人はそれぞれ別の里親に引き取られる事になったのだった。
弟はとても裕福で暖かい家庭に引き取られ、幸せに育ち大学に入学し卒業後に新聞社の記者になった。
一方、兄はとても貧しい家庭に引き取られ環境の悪いスラム街で青春時代を過ごした。
兄はスラム街のギャングになり、成人する頃にはそのギャングのボスになっていた。
ある日の事、兄がテレビを見ていると隣町に「正義の味方」が現れたと報道していた。
正義の味方は覆面をしており、正体は不明だがどこからともなく現れ困っている人を助け悪人を退治するのだという。
兄は直感的にこの正義の味方は弟だと悟ったのだった。
しかし隣町は比較的治安も良く、弟が活躍するには不十分だった。
そこで兄は弟の為に隣町までギャングを引き連れ悪事を尽くす事に決めたのだった。
コスチュームも揃える事にした。
正義の味方は青いスーツに正義の頭文字「S」のロゴが入っていたので、兄は自分の覆面スーツを全て黒色に統一して悪党の頭文字「A」のロゴを入れた。
あまり格好が良いとはいえなかったが、これ以外に思いつかなかったのだ。
悪党は神出鬼没に町中に現れ悪事を働くようになった。
正義の味方は大忙しだった。
悪党一味は数多くの事件を起こし正義の味方はそれらの事件を解決していった。
しかし悪党の一味は根絶する事が出来ずにいた。
手下は捉えても悪党のボスは捕まえる事が出来なかったのだ。
まるで正義の味方の事を知り尽くしているかのようだった。
正義の味方は不思議に思った。
「いったい悪党のボスの正体は誰なのだろうか?」
テレビでは連日正義の味方の活躍が伝えられた。
大人達は正義の味方に声援を送っていたのだが不思議なのは子供だった。
町の子供達はあまり正義の味方には関心を示さず悪党のボスにエールを送っていたのだ。
テレビのリポーターは一人の子供にインタビューをしてみた。
「ねえ、君。君は何故悪党のボスが好きなんだね?あんな悪者を?」
「だって、かっこいいんだもん」
居間でテレビを見ていた兄はリモコンスイッチでテレビを消し、叫んだ。
「何か間違っている!子供が悪人の事を好きだなんて!」
兄は夜の町に出て、次の悪事の事に思いを巡らせていると街角の占い師が声を掛けてきた。
「もし、そこの悪党さん」
兄はぎょっとしてその占い師を見た。
「どうして私の事を悪党だと分かるのだね?」
「あたしゃ人の事が見えるのさ。おまいさんは悪党のボスじゃろう?」
「・・・・・・・・」
「まあ、よかろう。おまいさん何か悩みがあるようじゃのう」
「何故、子供達は正義の味方ではなく悪党のボスを応援しているのかね?」
「何故って、そりゃ簡単さ。悪党のボスの方が清い心を持っておるからじゃ。
大人にはそれが分からぬが、子供にはそれが見えるのじゃ」
「そんな訳はないだろう!悪党は悪人だぞ!」
「おまいさんがその清い心を消してしまいたいのなら、方法はあるぞな」
「どうやって?」
「これを飲みなされ」
と言いながら占い師は小さな小瓶を取り出した。
「この薬を飲みなさると、清い心は無くなる。ええかね、これを飲むとおまいさんは本物の悪人になる」
兄は不審そうに小瓶と占い師を交互に見ていたが、小瓶を手に取り中の液体を一気に飲み干した。
目眩がした。
急激に正義に対する憎しみが体からわき上がってきた。
この町の全てが憎悪の対象となり、弟も心の底から憎くなってきたのだった。
兄は本物の悪人になったのだった。
悪党一味の悪行は次第に新聞の一面に載るようになった。
悪党一味は麻薬売買にも手を伸ばし、平和だった町はとても治安の悪い町に変化したのだった。
正義の味方は日々悪と戦った。
それとともに正義の味方は人気者になり、老人からも子供からも愛されるヒーローとなった。
悪党のボスは変装をし、町の変わりようを見てまわっていた。
町はすっかり悪の巣窟と化していた。
毎日町のどこかで犯罪が起きていた。
「これだけ町が凄惨になっていれば、さぞかし正義の味方も活躍のしがいがあるだろう!」
悪党のボスはとても愉快だった。
もっともっとこの町を地獄絵図に変えてやるぞ!
そのような事を考えていると、小さな女の子が彼に近づいてきた。
女の子が彼の前で足を止めると、メモ帳を取り出し言った。
「サインをちょうだい!悪党さん!」
「なんだと、どうして私が悪党だと分かる?」
「それぐらい分かるわ」
「だとしたら、何故私のサインがほしいのだね?」
「だって、あなたはとても良い人だから」
「私は悪人だぞ!!お前の親はいったいどーゆー教育をしているのだ?!おじさんはとても怖い人なんだぞ!」
「私は怖くないわ。おじんさんの顔はとても怖いけど、目がウチの犬と同じだわ」
「犬、だと!?」
「私の犬がお留守番をしていて、私が帰ってきた時の目と同じよ。とても嬉しそうなの」
悪党のボスその場を走りながら後にし、罵詈雑言憎しみの言葉を叫んだ。
憎い!
にくい!
弟よ私はお前が憎いぞ!!
もっともっとお前を憎んでみせよう!!
悪党のボスは町でテロを決行する事にした。
テロで町の住人を恐怖のどん底に落としてやるのだ!
外国のテロリストから超性能小型爆弾を仕入れた兄は夜中に超高層ビルに忍び込み、その爆弾をビルの屋上に仕掛けた。
兄が爆弾のタイマーを入れようとしたその時、空からヘリコプターだか飛行機だか見分けが付かない飛行物体が現れ兄に向けサーチライトを浴びせた。
正義の味方だった。
正義の味方は飛行物体から飛び降り、ビルの屋上に着地した。
「ようやく会えたな、悪党のボス!今回のお前の行動はこちらに筒抜けだったよ。お前にしては随分とずさんな計画だったな!」
「それ以上近づくな!!爆弾のスイッチを入れるぞ!」
「何故こんな事をする?!」
「正義が憎いからだ!!」
その叫び声を聞き、正義の味方は悪党のボスの顔をじっと見た。
「お前とはどこかで会っているような気がするのだが?」
「お前は忘れているだろうが、私はお前の事をよく知っているよ」
屋上のドアが開きテレビカメラを従えた男が入ってきた。
テレビニュースのクルーだった。
リポーターが実況中継を始めた。
「全国の皆さまっ!見て下さい!とうとう正義の味方が悪党のボスを追いつめたのですっ!!世紀の瞬間です!!せーきの大瞬間なのです!
あっ、あっ、あっ、あれはなんでしょうか?!爆弾!!大変です!
悪党のボスが爆弾のスイッチを握っています!!
危機一髪!!さあ、我らがヒーロー正義の味方はいったいどーするのでしょうか?!しかしなんだか地味です!!二人は戦う事無くにらみ合って言葉を交わすのみです!!映画のようにアクションが繰り広げられる訳でもありません!!実に実に地味です!!あっ、あっ、あっ、悪党のボスがこちらに近づいてきました!!なんでしょうか?いったい私に何の用なのでしょうか?
今っ、悪党のボスが私の目の前に止まりましたっ!!スイッチを握ったままです!!」
「おい、あんた。我々は今とても重要な話をしている。ここから消え失せな!さもないとこのスイッチを押すぜ」
「悪人のくせになんてかってな言い分なのでしょーか?!悪党が今私をきょーはくしています!!正義の味方、助けてください!!」
正義の味方はそれを聞き、リポーターの側まで行き言った。
「そのとおり、我々はとても重要な話をしている。ここから出ていって我々二人きりにしてほしい。あんたに説明しても分からないだろう」
リポーターとテレビクルーは屋上を去り、正義の味方と悪党のボス二人きりになった。
正義の味方が口を開いた。
「なぜ私を憎む?」
「お前が世間知らずだからだ。正義は世の中の事を何も分かっていない。
現にオレは貴様の事をよく知っているが、お前は私の事を何も知らない。
正義は悪の事を何も知らんのだよ!!」
スキが出来たその瞬間を正義の味方は見逃さなかった。
正義の味方が悪党のボスに空手チョップを食らわせると悪党のボスは爆弾のスイッチを落とした。
二人は取っ組み合いになった。
長いあいだ二人は取っ組み合った。
悪党のボスが正義の味方の脇腹にパンチを入れると、正義の味方はよろめき屋上の手すりを乗り越え向こう側に落ちた。
そのまま滑り落ち、片手で手すりをつかまえたまま宙ぶらりんになった。
200メートル下に落ちれば正義の味方といえども即死だ。
悪党は立ち上がり、今にも落ちそうな正義の味方の側まで近づいてきた。
「分かるかな?これが世の中の常なのだよ」
「私をここから突き落とせばお前の勝利だな」
「いいや、私はお前を突き落とさない」
そう言いながら悪党のボスは正義の味方に手を差し伸べた。
正義の味方は不信そうな顔をしたが、その手を握った。
正義の味方が悪党のボスの手を握った瞬間全てを理解した。
「お兄さん!!」
双子の兄と弟は屋上の手すりに腰掛けながら、町の夜景を見ていた。
弟は兄に聞いた。
「どうして僕を助けたのですか?」
「正義の味方が居なければ、悪人の存在意義が無いからな」
「何を言っているのかさっぱり分かりませんよ。お兄さんは狂っています」
「そうかもな」
その時銃声が鳴り響き、兄の胸を銃弾が貫いた。
兄は200メートル下へ吸い込まれるように落ちていった。
「お兄さん!!」
弟が兄を見ると、兄も弟を見にっこりと微笑み、そして町の夜景の中へと吸い込まれていった。
正義の味方が後ろを振り返ると警官がライフルを構え立っていた。
ライフルの銃身からは煙が立ち上っていた。
「なぜ撃った?!」
「いや、何故って悪党のボスが屋上からあなたを突き落とそうとしているように見えたもんですから・・・・」
正義の味方はカッとなり警官を睨みつけたが、思い直し言った。
「いや・・・・ありがとう。おかげで助かった」
翌日の朝、町では祝賀会が開かれる事になった。
悪党のボスが死に、町に平和が戻ってきたからだ。
正義の味方が壇上に立ち、祝賀の演説をする事となった。
正義の味方は壇上に立ち、聴衆を見渡した。
大人も子供も老人もみんなとても幸せな顔をしていた。
マイクを握り正義の味方は語り始めた。
「悪党のボスは・・・・・」
しばらく言葉に詰まったが、昨夜の兄の微笑みを思い出し、演説を続けた。
「悪党のボスは実は、私の双子の兄でした。
何故兄が悪の道へと進んだのか私には分かりません。
・・・・しかしこれだけは言えます」
壇上の下を見ると子供達も真剣な表情をしながら聞いていた。
「・・・・・・兄は本物の悪人でした。
兄には良心のカケラも持ち合わせていませんでした。
あれほどの極悪人を私は知りません。
兄はいたずらに、この町を犯罪の巣窟にし、住民を恐怖に陥れたのです。
一時期、兄は子供達に人気でしたが、私は理解に苦しみます。
何故なら彼は悪人だったからです。
騙されてはいけません、兄は悪が蔓延る事を無上の喜びとしていたのですから。
しかし、悪党は滅びこの町には平和が戻ってきたのです!!
それをみんなで喜び祝福しようではありませんか!」
聴衆から歓声がわき上がった。
何故か正義の味方は聴衆に背を向け空を見上げた。
そして正義の味方はそのまましばらく空を見上げていた。
誰にも彼の表情は見えなかった。